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東京地方裁判所 昭和36年(合わ)4号 判決 1961年3月30日

主文

被告人を懲役参年に処する。

ただし、この判決確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経過)

被告人は、アメリカ合衆国軍隊構成員として、ノースキヤンプドレーク、戦略陸軍通信隊に所属し、日本に駐留していたものであるが、昭和三五年一一月二〇日午後九時頃、友人ジエラルド・ジエー・ダウリングと特別な計画もなく、ダウリングの運転するオートバイに同乗して都心方面に出かけ、コーナーバーなど二、三軒のバーに立寄りビール二、三本、ウイスキーをグラス一杯程度飲み、午後一〇時頃、東京都板橋区志村前野町一八八二番地所在のバー「カサブランカ」に入つた。

一方、日停自動車株式会社運転手、五十嵐こと宮内春次(当二八年)は、当日会社から支給された十月分給料の大半である一二、〇〇〇円余を所持し、同日夕刻からバーなどでビール、ウイスキーを飲み、同日午後八時頃、前記バー「カサブランカ」に至り、ビール等を飲食していたところ、同店に来合せた旧知らに些細な言いがかりをつけられるようなことがあつたが、間もなくこれも収まり、同店カウンターの座席で引続き飲食していた。

被告人とダウリングは、右宮内の右隣りに腰かけ、ウイスキー各一杯を注文して飲んでいるうち、宮内が片言まじりの英語で被告人らに話しかけ、互に職業氏名など紹介し合い、ついで宮内が池袋か新宿方面に飲みに行こうと誘いかけ、被告人らもこれを了解し、途中宮内の案内で、同都板橋区中板橋二四番地飲食店「ふたば」に立寄り、三人でビール二本を飲み、その代金三〇〇円は宮内が支払い、さらに宮内の案内で池袋方面に出かけることにした。

その際オートバイはダウリングが運転し、その後部座席(シート)に宮内が、被告人はさらにその後部荷台に乗つたが、互にオートバイから脱落しないように宮内はダウリングの腰附近を掴え、被告人は宮内の座つているシート後部或いは横を握つて、初めは主として宮内の指示に従い、次いでダウリングの見当により池袋方面に向け走行した。

(罪となるべき事実)

ところが、同日午後一〇時四〇頃、同都板橋区大山町五〇番地先路上の通称大山銀座と川越街道および大山地蔵尊通りとがあい接する三叉路の北方約五〇メートルの地点にさしかかつた際、被告人は、宮内の上衣左ポケツト内に左手を差し入れ、同ポケツト内に宮内が裸のまましまつていた同人所有の現金のうち七、一〇〇円を窃取したので同人がその気配に感づき、そのままやや進行した前記三叉路の北方約一〇メートルの地点附近において、同人が手で被告の人左手を振り払おうとしたところ、被告人は、右窃取した金員の取還をふせぐため、後部二人の動揺で運転が困難となつて急に停車したダウリングの運転するオートバイから、宮内のあごに手をかけ引き降して同人を投げとばし、ついでオートバイに取りすがろうとする同人ともみ合い顔面を殴打するなどの暴行を加えもつてその反抗を抑圧したものである。

(証拠の標目)≪省略≫

ところで本件公訴事実は前記認定のように被告人が、窃取金員の取還を防ぐため被害者宮内に対して判示の通り暴行した際右暴行により宮内に対し約一週間の治療を要する顔面右膝部および右拇指各挫傷の傷害を負わせたものとしている。よつてこの点について考えるのに、前掲各証拠および証人竹村竜之助の当公廷における供述ならびに医師竹村竜之助の診断書を綜合すると被害者宮内は前記暴行を受けた後、公訴事実記載のような部位程度の傷害を受けた事実を認めることができるのであるが、又被告人の暴行にあたつて、被告人の金員窃取の事実を知らないダウリングもまた途中より被害者宮内に対して暴行しており右傷害は被告人ヘロド、およびダウリングのいずれの暴行により惹起せしめられたかを知ることのできない場合に相当する事実が認められる。(右認定に反する証人宮内春次の当公判廷における供述は措信しない。)右ダウリングの行為は被告人ヘロドの行為とは別に自己に対する宮内の行動に憤激して行われたものと認められ、これに反して被告人ヘロド及びダウリングの各暴行が共謀の意思の下に行われたことを認めうる十分な証拠はない。

しかし、刑法第二〇七条のいわゆる同時犯の規定は傷害、傷害致死罪の場合と異り本質的にその罪質を異にする強盗傷人罪における傷害の場合には適用のないものと解するのを相当とするから結局右傷害をもつて被告人ヘロドの準強盗罪に基因する傷害と見ることはできない。また進んで右傷害自体のみを別個に評価し得るかどうかについて考えるのに、右傷害を含むと考えられる暴行そのものはすでに事後強盗罪の暴行としての評価を受けているのであるから結局被告人ヘロドの判示暴行およびその結果は、単一的に事後強盗罪の暴行として評価すれば足りるものといわなければならない。

(法令の適用)

被告人の判示行為は刑法第二三八条、第二三六条第一項に該当するが、犯情について考えるに、被告人らと宮内春次が当初は極めて友好的に接していたと窺えるにかかわらず、たまたま本件の発生により両人は加害者と被害者の地位に対立するのやむなきに至り、また日本人一般に、日本駐留アメリカ軍人に対して、いささかでも誤解を招くような結果を惹起したとすれば、被告人にとつてはもとより、日米両国のためにも、甚だ遺憾であるといわざるを得ない。しかしながら、一方、本件犯行の動機をみると、計画的になされたものでないことはもとより、或いは被告人が戯れに行動したのかとさえ考えられるほど単純かつ偶発的なものであり、また、その全行為は刑法上いゆる準強盗となつたとしても、その一因が、被告人と被害者とが言語を異にし円滑な意思の疎通を欠いた点に災いされていると考えられる余地があり、かつ、被告人が現にアメリカ合衆国の軍人として有能で前途のある青年であることなど諸般の情状憫諒すべきもがあるから同法第六六条、第六八条第三号を適用して法定の減軽をなしたうえ、主文第一項の刑に処し、なお同法第二五条第一項第一号を適用して、主文第二項掲記の期間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して、その全部を被告人に負担させる。

(裁判長裁判官 山田鷹之助 裁判官 加藤広国 田原潔)

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